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東京地方裁判所 昭和52年(ワ)2338号 判決 1979年6月27日

原告 株式会社大志

右代表者代表取締役 清水源次

右訴訟代理人弁護士 奥毅

被告 三栄興産株式会社

右代表者代表取締役 池亀佐吉

右訴訟代理人弁護士 雨宮真也

同 園田峯生

同 中村順子

主文

一  被告は原告に対し、金一六〇万円及びこれに対する昭和五四年一月一八日から支払ずみまで、年六分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴の部分にかぎり、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告は原告に対し金三二〇万門及びこれに対する昭和五二年三月二日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  (原告)請求原因

1  原告は不動産取引、土木建築設計、土地造成等を目的とする会社である。

2  原告は昭和五一年八月二三日被告から別紙物件目録(一)(二)(三)記載の土地(以下本件土地(一)(二)(三)又は総称して本件土地という)を代金三二〇〇万円で買いうけ(以下本件契約という)同日被告に手付として一六〇万円を交付した。

3  本件契約には被告の債務不履行により契約が解除された場合、被告は原告に対し違約金として一六〇万円を支払う旨の特約がある。

4  被告は昭和五二年三月二八日本件土地(一)を渡辺正明に、同年四月二五日本件土地(二)を三浦友三郎に、同日本件土地(三)を山田成明にそれぞれ譲渡し、同人らはそれぞれ所有権移転登記を経由した。

5  被告の右譲渡により原告に対する本件土地全部の所有権移転義務は履行不能となった。そこで、原告は被告に対し昭和五四年一月一七日本件第一〇回口頭弁論期日において本件契約を解除する旨の意思表示をした。

6  よって原告は被告に対し、既に交付してある手付金一六〇万円の返還及び前記3の特約による違約金一六〇万円並びにこれらに対する支払命令送達の翌日である昭和五二年三月二日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  (被告)請求原因に対する認否

請求原因1ないし4の事実は認める。

三  (被告)抗弁

1  本件契約には次の約定があった。

(一) 原告は前記手付金一六〇万円のほか昭和五一年九月二五日中間金として三二〇万円、同年一一月一〇日に最終代金二七二〇万円を支払う。

(二) 原告の債務不履行により本件契約が解除された場合被告は既に交付を受けた手付金一六〇万円を違約金として取得し、原告はその返還を請求し得ない。

2  被告はその後中間金三二〇万円の支払期日を同年一一月一〇日まで猶予した。

3  被告は原告が中間金及び最終代金の支払いをしなかったので、同年一一月二六日到達の書面をもって原告に対し中間金及び最終代金を五日以内に支払うことを催告すると共に右期間内に支払のないことを停止条件とする解除の意思表示をした。しかるに原告は右期間内に支払をしなかった。

4  よって、本件契約は昭和五一年一二月一日の経過により解除された。このように、本件契約は原告が本訴において解除の意思表示をする以前に解除され、また、原告に債務不履行が存したのであるから、原告は被告に対し違約金はもとより、前記1(二)の特約により手付金の返還すら請求し得ない。

四  (原告)抗弁に対する認否

抗弁1の事実は認める。同2の事実は否認する。同3の事実は認める。同4は争う。原告が代金を支払わなかったのは、次に述べるように被告がその義務を履行しなかったからである。

五  (原告)再抗弁

1  被告は、本件契約締結にあたり、中間金支払日である昭和五一年九月二五日までに、道路位置指定と東側公道への無償通行のための地主の承諾を得ると共に、当時地目が田及び畑で未分筆であった本件土地につき地目変更及び分筆登記を経たうえ、中間金の支払いと引換えに原告に対し右指定通知書、地主の承諾書、各登記簿謄本を交付することを約し、また、同年一一月二〇日までに最終代金の支払いと引換えに原告に対し本件各土地の所有権移転登記手続をなすことを約した。

2  被告は前記解除の意思表示をなすに当って、右1により約した道路位置指定書、地主の承諾書、地目変更・分筆の登記簿謄本の交付及び本件各土地の所有権移転登記手続のための提供をしなかったから、被告による解除はその効力を生じない。

六  (被告)再抗弁の認否

再抗弁1の事実のうち、被告が原告に対し道路位置指定を受けること、東側公道への通路を無償で通行するための地主の承諾を受けその旨の承諾書を原告に交付すること、本件土地の地目変更及び分筆をなすこと、本件土地の所有権移転登記手続をなすことを約したことは認める。このうち前二者は中間金の支払いと引換え、後二者は最終代金支払いと引換えになす約定であった。その他の事実は否認する。

七  (被告)再々抗弁

1  被告は道路位置指定については昭和五一年一〇月一日その許可を得、東側公道への通路の無償通行のための地主の承諾書をいつでもとれる状態にすると共に、通路部分の一部を自から取得し、また宅地への地目変更は昭和五一年七月二三日変更許可をうけ、同年一〇月一三日には本件土地(一)(二)(三)に分筆しその履行を完了した。

仮に道路位置指定通知書、登記簿謄本の交付も義務内容であったとしても被告のなすべき準備は右の程度で足りる。

2  被告は前記三1(一)による最終代金の支払日である同年一一月一〇日(前記のとおり中間金の支払日も同日に変更された。)には代金と引換えに本件土地全部の所有権移転登記手続をなすべく準備していたところ、原告は、右期日に代金の支払いをすることができず同月一五日頃被告に対し中間金及び最終代金の支払を同年一二月末まで猶予することを求め、次いで同年一一月二二日頃中間金の支払を同月三〇日まで、最終代金の支払いを同年一二月二八日まで猶予することを求めた。このような原告の態度は、被告のなす履行の受領を予め拒絶する意思の表明とみるべきである。従って、本件において、被告が原告に対し代金の支払いを求めるに当っては登記手続の履行について少なくともその準備をしておけば足り、提供までをも要しない。

3  以上に述べたように、被告は代金債権と同時履行の関係に立つ自己の債務を履行したか或は原告の予めの受領拒絶によりその提供を要しないのであるから、被告のなした解除は有効である。

八  (原告)再々抗弁に対する認否

再々抗弁1の事実のうち被告が道路位置指定の許可、宅地への地目変更許可をうけたこと、本件土地を三筆に分筆したこと、被告が通路部分の一部を取得したことは認めるが、その余は不知。被告が取得した通路の巾は五一センチメートルであり車両はおろか人も通行できないものである。

同2の事実は否認する。同3は争う。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1ないし4の事実は当事者間に争いがない。

二  原告が被告に対し昭和五四年一月一七日の本件口頭弁論期日において履行不能を理由に本件契約を解除する旨の意思表示をしたことは記録上明らかであり(請求原因5)、また、被告が原告に対し昭和五一年一一月二六日到達の書面により原告の代金不払いを理由に本件契約を解除する旨の意思表示をしたことは当事者間に争いがない(抗弁3)。そこで、先ず被告による解除の効力について判断する。

1  原告が被告に対し本件契約代金として前記手付金一六〇万円をこれにあてるほか、昭和五一年九月二五日中間金三二〇万円、同年一一月一〇日最終代金二七二〇万円を支払うことを約したこと、被告が原告に対し中間金支払日までに道路位置指定を受け、本件土地の東側公道への通路を無償で通行するための地主の承諾を受けてその旨の承諾書を原告に交付し最終代金支払日までに本件土地の所有権移転登記手続をなすことを約したほか、本件契約当時畑及び田で未分筆であった地目を宅地に変更し分筆することを約したこと、原告の中間金支払義務と被告の地主の承諾書交付義務、原告の最終代金支払義務と被告の本件土地所有権移転登記手続義務はそれぞれ同時履行の関係にあることは当事者間に争いがない。

ところで、道路位置指定とは、特別行政庁が土地を建物敷地として利用する者の申請により、その者が右土地のため築造しようとする道路の位置を指定することをいい(建築基準法四二条一項五号)、同指定通知書とは右指定のあったことを右申請者に対し通知した書面をいうのであるが、道路に面しない宅地を購入する者にとって右指定は重要なものであるし、かつ右通知書さえあれば何人でも右指定内容を容易に知り得るのであり、証人山岸博の証言によれば、原告は不動産取引業者で(この事実は当事者間に争いがない)転売目的のもとに本件契約を締結したものであることが認められるから同証人が証言するように、右通知書は本件土地の転売を企図する原告にとって顧客に提示する重要な書類であるということができる。そして、被告が中間金支払日までに道路位置指定を受けかつ、通路の無償使用についての地主の承諾書を交付する約定があったとの争いのない事実を考慮すると、原被告間において、被告が中間金の支払いを受けるのと引換えに差当って本件土地から公道への通路確保に関する書類を整えるべく、前記地主の承諾書と共に道路位置指定通知書を交付することを約したものと認めるのが相当である。

次に《証拠省略》によれば、本件土地の地目変更及び分筆登記は最終代金支払日までに被告において行なうとの約定であったことが認められるにとどまり(《証拠判断省略》)、特に地目変更及び分筆の事実を証するための登記簿謄本交付に関する約定が存したことを認むべき証拠はない。

以上要するに原告の中間金支払義務と被告の道路位置指定通知書及び地主の承諾書交付義務、原告の最終代金支払義務と被告の本件土地所有権移転登記手続義務がそれぞれ同時履行の関係に立ち、また、被告は最終代金支払日までに本件土地の地目変更、分筆及びその登記手続を完了する義務を負ったものということができる。

2  《証拠省略》によれば、被告が昭和五一年一〇月一日道路位置指定の認可をうけ道路位置指定通知書を取得し、東側公道への通路予定地の地主から右予定地のうち巾五一センチメートルの部分買い取り、また、同年七月二三日地目を田、畑から宅地に変更し、更に同年一〇月一三日本件土地(一)(二)を、同年一一月二二日本件土地(三)を分筆したこと(但し、被告が道路位置指定の許可、宅地への地目変更許可をうけたこと、被告が通路部分の一部を取得したこと、被告が本件土地(一)(二)(三)に分筆したことは当事者間に争いがない)、そして原告が約定の期日に中間金及び最終代金の支払いをしないので、被告は、前記のように同年一一月二六日到達の内容証明郵便によって原告に対し本件契約による中間金及び最終代金の支払の催告及び停止条件付解除の意思表示をしたのであるが、右解除に至るまで前記のとおり道路位置通知書を取得したのに原告に交付せず、取得したことも通知しておらず、また、地主の通行承諾書をいまだ取得しておらず通路部分の取得も巾五一センチメートルにすぎなかったし、そのことすら原告に通知していないことが認められる。

また被告が前記催告にあたり本件土地所有権移転登記手続の履行につきその提供をしたものと認むべき証拠はない。以上述べたところによると、いまだ被告は解除に当って同時履行の関係に立つ自己の債務につきその本旨に従って履行または提供をしたとはいえない。

被告は、原告が受領を強く拒絶したから口頭の提供を要しないと主張するが、後に認定する原告により中間金及び最終代金支払猶予の申入れをもって、原告の受領拒絶と認めることはできず、他に原告が受領を拒絶したと認むべき証拠はないし、従って被告によりなされた解除はその効力を生じない。

三  前記二に述べたところによれば、被告の解除の意思表示にもかかわらず、本件契約はなおその効力を有していたものと解すべきである。しかし、当事者間に争いのない請求原因4の事実によれば本件契約はその後の被告の責に帰すべき事由(第三者への転売及び登記経由)により履行不能となったものというほかないから、本件契約は原告の昭和五四年一月一七日になされた意思表示により解除されたものということができる。そうであれば、被告は手付金一六〇万円を返還するほか、当事者間に争いのない請求原因3の約定により、同額の違約金を支払う義務を負うことになるものの如くである。

しかし《証拠省略》によれば、原告は昭和五一年八月頃本件土地のうち一区画を第三者に三六〇〇万円で売却し、同年九月二五日にその一部一〇〇〇万円の支払を受ける予定であったところ、右転売契約は同月二二日解除されたため原告として予算処理上狂いが生じたことが認められ、また、《証拠省略》によれば、原告は前記のように中間金及び最終代金を支払わず、またその提供もしないまま約定の期日を徒過し、昭和五一年一一月一五日頃被告からその支払いを求められるやその猶予を申入れ、同月二二日には自ら署名捺印をした文書を被告に対し提示して、「(イ)中間金支払日を同年一一月三〇日まで変更し、同日までに原告においてその支払いが不能な場合は売主(被告)は受領済みの手付金一六〇万円を契約書八条(請求原因3及び抗弁1(二)の売主又は買主の債務不履行により解除された場合の違約金の約定)にかかわらず買主(原告)に直ちに返還し原契約を解約する。(ロ)最終代金二七二〇万円の支払日を同年一二月二八日に変更する」旨を申入れたが、被告の受入れるところとならなかったことが認められる。

この事実によると、本件契約は被告の責に帰すべき事由により履行不能になったとはいえ、原告も約定の期日に代金を支払う態度を示していないのであり、また、被告による解除の際仮に履行の提供がなされていても原告において残代金全額に相当する資金準備があり直ちにその履行をなしたものとまで認めることはできない。しかも、解除までにおける被告の債務不履行についてみると、被告は道路位置指定通知書を取得しており、また、公道への通路の一部を地主から取得し、《証拠省略》によれば、残余の通路部分についてはいつでも被告において入手可能であったことが認められ(現に前記のとおり原被告間で本件紛争発生後被告が数か月以内に本件土地を転売し得たことは地主の承諾により右通路開設が可能であったことを推認せしめる。)、地目変更及び分筆の登記を完了しており、更に、所有権移転登記手続の提供がなかったとはいえ被告もこれを拒む趣旨でないことは弁論の全趣旨から推測し得るのであり、しかも右手続は多額の金銭債権とは異なり、容易になし得るものでいつでも応じ得る性質のものということができる。

以上のような事実関係に加えて被告の違約金が手付金額と同額の一六〇万円の高額に達することを考えると、原告が自らの債務を履行することなく、被告の債務不履行である履行不能のみを責めて違約金を求めることはできないものと解するのが相当である。しかし、本件契約はともかく被告の履行不能を原因とする原告の解除の意思表示により失効したのであるから、被告はその受領にかかる手付金一六〇万円についてはこれを返還する義務を免れることはできない。

四  結論

以上のとおり原告の本訴請求は原告から被告に交付された手付金一六〇万円の返還及びこれに対する解除の翌日である昭和五四年一月一八日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条九二条仮執行の宣言につき同法一九六条一項を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 佐藤道雄 裁判長裁判官松野嘉貞は転補のため、裁判官遠山廣直は職務代行を解かれたため署名捺印をすることができない。裁判官 佐藤道雄)

<以下省略>

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